働くことが強制終了された時、本当のやりたいことが見えた 勅使川原真衣
ことなるわたしたち
連載「ことなるわたしたち」のインタビューシリーズとして始まった「ことなるわたしの物語」。ひとりの⼥性のリアルな声や暮らしをお届けする16⼈⽬のゲストは、組織開発コンサルタントの勅使川原真衣さん。外資コンサルティングファーム勤務を経て組織開発コンサルタントとして2017年に独立した。自身の著書「働くということ『能力主義』を超えて」で、能力の高い低いが基準となってしまう社会の仕組みへの疑問を唱え、多くの人からの共感を得た勅使川原さん。今回は、シーズン特集である「わたしと『休息』の設計図」をテーマに、能力主義社会の中で「休む」ことの難しさについて伺った。
休みづらさを感じてしまうのは、明確な役割が見えていないから

2019年に始まった有給休暇の義務化をはじめ、男女問わず育休を勧める動きなど、会社が「休んでください」と言う仕組みは増えているのに、いまだに素直に休みを取りにくいと感じる人は多い。なぜ「休んでいい」はずなのに、こんなにも休みづらさを感じてしまうのだろうか。
「私は雇用の仕組みや習慣が影響していると思っています。日本では多くの企業がメンバーシップ型雇用・人材マネジメント制度というのを取り入れているんですが、欧米、中国、韓国など、他国では職務を定義するジョブ型と呼ばれる制度を取り入れているんです。組織にチームの一員として採用をするか、何かの役割に当てはめて採用するかが大きな違いです」
メンバーシップ型制度は、職務・勤務地・労働時間を限定せず、人(メンバー)を先に採用して後から仕事を割り当てられ、会社としては長期的な人材育成や柔軟な人事異動などができ、会社員としてはそのおかげで多様なスキルが身につき、解雇されにくくなることなどがメリットとして挙げられるが、その反面、会社都合の部署移動や転勤などもあるため、専門性が身につきにくく、給与が上がりづらいといった側面もある。
「会社から期待される“働く役割”というのが曖昧なので、働く、休む、その緩急をつけにくくなってしまうんですよね。結果的に、与えられた労働時間に限らず、常に気を利かせて働ける人であるということが1番の評価基準になってしまいがち。これこそが実は日本の雇用を作っていると思っています。働く内容さえ具体的に決まっていれば、長時間労働になったとしても、やることが終わったら帰る、それが事実上許されるはずでジョブ型の各国は当たり前にやっている。デンマークではその日のタスクが終われば16時にサッと帰っちゃうとか言うじゃないですか。ですが、やることを終えて先に帰る姿に、みんなはまだ頑張っているぞ?という目を向けられてしまう。その態度を問題にされてしまうことがこの制度のデメリットとして一番大きいのかなと思ってます。休むことに罪悪感を持ってしまうことも、そういう背景の影響があると思いますよ。その場にいないと、臨機応変な対応やそれによる貢献度を示しにくいので。休んでしまったら、違う人にいいところ持ってかれるかもしれないとか思って、休めない方もいると思うし。本当に物理的に仕事の量が多くて休めないこともあると思いますけど。そういう精神性っていうのが往々にして組織の構造から生まれていると感じています」
組織の構造を今から大きく変えることは難しい。それでも、それを理解した上で、この仕組みの状態でも、個人の気持ちの向き方は少しでも変えられるのであろうか?

「若い人たちは“自分を大切にする”ことを直感的にわかっていると思うんですよね。定時が来れば帰るじゃないですか。なんていうか、メンタルが強いとはまた別で、自分らしく働きたいと思っているというか。土日を犠牲にしてまで会社に貢献しないことを自分たちの権利であると感じているだろうし。それに対して管理職クラスの世代の人たちは、その穴を埋めようと頑張ってしまいがち。それはどちらか一方が悪いってことではなくて、明確な職務を組織がそれぞれの世代に用意してこなかったことに問題がある。だから組織はお互いのためにそれを用意したらいい、と私は感じています。でもこれは簡単なことではないですよね。会社は変えにくい構造に対して、世代間の考え方に配慮して組み直し、明確な職務をそれぞれに与え直す必要があるので。ただ、この構造が変わらなかったとしても、雇用されている側は、それが自分の能力のせい、つまり、能力が低いから文句を言える立場ではない、とは思わないでほしいですね。この状況を自己責任として考えないで欲しいです。それは思わされているだけ、だと思うので」
分業という考え方が浸透すれば、休む姿勢も変わっていくはず。
そういった構造の中でも、休みを取りやすい職務の人もいるという勅使川原さん。

「日本のメンバーシップ型雇用・人材マネジメントであっても、職務が割と決められてる仕事はあるんです。研究開発の業務、エンジニアなどは自分の職務範囲がかなり明確ですね。今、職業としても人気があるとされるコンサルティングも休みを取りやすい。メンバーシップ型でも職務要件がはっきりしてさえすれば分業ができるので、管理がしやすいですよね。つまり、ワークシェアリングができないから休めないという議論になると思います。逆に休みが取りにくい職業としてわかりやすいのは、学校の先生たち。彼らは職務範囲が広すぎるし、職責が重すぎますよね。一国一城型で、スクールロイヤー、スクールカウンセラーのような領域以外の仕事も受け持たされているわけで。シェアが成り立ってないから休めないってことなんだと思います」
分業ができるとなってしまえば、組織において自分の存在意義や価値が下がってしまうかもしれないという不安は拭えない。その割り切る意思を持てるかどうかにも難しさが伴う。そんな気持ちの置き所に、勅使川原さんはこう答える。
「会社の組織として、認められる、良いと思われるには、自ら進んで献身的になる、つまり自己犠牲へと向かっていってしまいがちですよね。でもそうなるのって、評価の基準が曖昧だから。ちゃんと職務で評価してくれているんだったら、別にその範囲をしっかりやればいいだけなので。そこの定義が明確じゃないからこそ、どこまでやっていいかわからなくなってしまう。こんなことを偉そうにいってしまっている私自身も、組織でコンサル業務をしていたときは、そういうムーブをして自爆していました」
頑張り続けていても、目的や役割がはっきりしないのであれば苦しいだけ
働くこと=頑張り続けなければならない。そして評価され続けることが、正であれば、今の日本の制度におけるメンバーシップ型においては、これからも休みづらさのしがらみが付きまとう。勅使川原さんもその一人として、その社会の歯車にいた時期があった。しかし、独立して3年の月日が経った頃、思わぬ闘病生活により、働くことへの考え方が一変した。

「5年前に進行乳がんになって、物理的に働くことができない状況に陥りました。その時、諦めがついたという感覚があって、仕事への向き合い方へのスタンスが変わりました。全方位から評価されることって無理だなって。労働時間的な側面はもちろんですが、好きになれない仕事に対してもやらなければいけないと思っていた部分に関しては切り捨てるではないですけど、選択しないようになりました。だって、いろんなそういうしがらみが蓄積した結果、病気になってしまった気がするので。もう2度と病気になりたくないから」
究極の選択は、やりたいこと、やりたくないことをはっきりさせた。
やりたい仕事、やりたくない仕事の区別が見えた勅使川原さんは、乳がん罹患前の働き方は能力主義にとらわれていたと振り返る。

「当時は、治療で休む、それは仕事を断ることだったんで、人から必要とされる人間じゃないと評価を得られないんじゃないか、一流じゃないんじゃないか、と悩んだ時期もありました。でも、強制終了の事態が起きてしまい、自分の貴重な時間と体力を配分しなきゃいけないと考えると、苦手な仕事をメンバーシップ型制度の中で、評価されようとするのは難しいんですよね。嫌いなのに好かれなきゃいけないので。こんなことが仕事だとは思えなくなりました。ステージ3で乳がんが見つかったので、当時一緒に闘病していた人の中には亡くられている方もいる。こんなことを続けて幼子を遺して私も死ぬのはどうしてもいやだなっていう。本当に思ったんです」
そんな状況になっても、変わらず、むしろ、より一層助けてくれたクライアントの人たちもいた。やり直すのであれば、そういう人たちに気持ちを全部振り切って仕事をしていきたい、そう心に決めた。
「思い出すだけで泣けてきます。そっちを向いて仕事した方がよっぽどいいって。誰かにとっては難しいと思う仕事でも、私にとってはすごく簡単にできる仕事ってやっぱりあるんですよ。それは私だけでなく、どんな人にも絶対にあると思うんです。そういうデコとボコがかみ合わさったとき、絶対手放さないぞというような気持ちが芽生えました。今は、すごく丁寧に仕事をするようになったかな」
強制的に休養を余儀なくされ、見えてきた仕事の選び方。
その道への切り開き方。勅使川原さんの視野はクリアになっていく。そして現在、ほとんど休みもなく働き続けているというが、それは昔のような働き方の意識とは全く違う。

「去年、5年ぶりに2週間の完全な休みをとって、子どもたちとスイスにいきました。本当にメールも見ないし、仕事を一切しない2週間。最高でしたよ!仕事周りの人たちも配慮してくれて、本当に仕事の連絡もこなかったし。感謝でしかありません。こんなことすぐまたできるとは思えないけど、それでもいいくらい、これから頑張れる休み方をしたなって思います。去年は5冊本を出して、今年は既刊2冊を合わせて7~8冊刊行する予定なんですね。それで、来年は本を出すのを1度止めようと思っているんです。研究休暇みたいなものにしようかな、と。4月から息子も中学2年生になるし。本当の中二病の年になるので(笑)。ラジオだけは続けて、他の仕事は一旦止めようと思っています」
今、楽しいこと、好きなこと、それが見えてきて、やりがいを持てる仕事を休む、ということに対して、不安は持たないのか尋ねると、
「私が書いてきた本の内容って、能力主義を切り口にはしていますが、世に蔓延る『一元的な正しさ』信奉の解体が大きなテーマなので、このよくわからない規範に雁字搦めな人が絶えないこの社会において、私にとっては無尽蔵に紐解きたいテーマが見つかるんですよね。いくらでも書けるっていう。それが自分の自信につながりました。なので一回緩めてもいいかなって。そういう風に思えるようになりました」
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Profile
勅使川原真衣
1982年、横浜市生まれ。東京大学大学院教育学研究科修了。外資コンサルティングファーム勤務を経て組織開発コンサルタントとして独立。2児の母。2020年から進行乳がん闘病中。新書大賞2025にて第5位入賞、HRアワード2025書籍部門入賞の『働くということ』(集英社新書、24年)他、著書多数。 近著に『「働く」を問い直す』(日経BP)、『人生の「成功」について誰も語ってこなかったこと』(KADOKAWA)、『組織の違和感』(ダイヤモンド社)、『「頭がいい」とは何か』(祥伝社新書)がある。新聞(本よみうり堂)や雑誌(論壇誌Voice)にて連載中のほか、文化放送武田砂鉄ラジオマガジン水曜パートナーとしても発信している。