魚を捌いてお寿司を握る朝 haru.×大島健太【前編】
月曜、朝のさかだち
『月曜、朝のさかだち』シーズン2、第19回目のゲストは会社員、予備校講師、『CORAL COFFEE』*①主宰の大島健太さんをお迎えしています。
『ORBIS IS』のシーズン特集テーマは「私と休息の設定図」。この特集では、暮らし方も生き方も働き方も混ざり合い、オンとオフの境界線がどんどん曖昧になっている今、改めて休むことそのものをゲストのみなさんと一緒に考え直していけたらなと思っています。
そんな今回の朝活は、魚を捌いてお寿司を握ることに挑戦しました。今回は、フリーランスの寿司職人として活動するスシーランス・前田直也*②さんを講師に迎えて、アジを捌いてアジの握り寿司を作ることに。

魚を捌くのは初めての二人でしたが、普段五島列島にも拠点を置く大島さんは「五島列島では美味しい魚がたくさん獲れるので、捌けるようになりたいと思っていたんです」と今回の朝活に意欲を見せていました。


初めての体験に少し困惑している様子を見せていたharu.さんも、前田さんの丁寧なガイドを聞きながら捌き進めていき、三枚におろせると思わず「おー!」と小躍りしながら喜んでいました。

アジには、皮と身の間に「銀皮(ぎんぴ)」と呼ばれる、銀色に光る薄い膜があります。この銀皮を身に残すことで、見た目の美しさ、食感、アジ本来の風味を楽しめるのですが、この銀皮を残す工程に少々苦戦する二人。「この工程が一番ムズイかも!」とharu.さんは慎重に進めるなか、大島さんは「性格が出ますね。途中でもういいや!ってなっちゃう」と本音がポロリ。


それでも順調にアジをお寿司用に捌いていき、いざお寿司を握っていきます。片手に10gの酢飯を取り、ネタにわさびを付けて重ね、「下に押すのではなく、上にあげていくイメージで握る」という前田さんからのアドバイスを受けて人生初のお寿司握りに挑戦していく二人。始めはまり寿司のような見た目でしたが、一貫ずつ握っていくにつれて二人とも上達していき、最後の一貫を握る頃には「結構お寿司になってる!」と二人とも喜んでいました。

自分たちが握ったお寿司と前田さんが握ったお寿司を食べ比べ、前田さんの腕前の凄さを痛感しながらも、初めて自分で握ったお寿司に誇らしさを感じている二人でした。

朝活を終えた二人は、朝活を振り返りながら、現在三つの仕事をしている大島さんの仕事との関係性、大島さんのライフスタイルの変化、自由と孤独の狭間で揺蕩うことなどについてお話しいただきました。
本編へ進む前に、まずは視聴者さん、読者さんから集めた「ゲストに聞いてみたいこと」にお答えいただきました。今後も『月曜、朝のさかだち』に遊びに来てくれるゲストのみなさんに聞いてみたいことを募集しているので、ぜひORBIS ISのSNSをチェックしてみてくださいね!

大島健太さんに聞きたいコト
Q.五島でお気に入りの場所があったら教えてください。
A.黒瀬の海。仕事を終えた後にランニングをすると、ちょうど海の向こうに沈んでいく夕日を見ることができます。日によって空や海の色がまったく異なるのが感動的。観光ルートではないため人がおらず、美しい景色を独り占めしています。
Q.移動中はいつも何をして過ごしていますか?
A.月並みですが、ここ数年はポッドキャストを聴いていることが多いです。揺れる機内や船内が苦手なのですが、誰かの声を聴いていると安心します。「長谷川あかりのシャニカマでごめんなさい」が最近のお気に入りです。

料理を通して食材や生命を辿る
haru._今日はアジを捌いてお寿司を握る朝活をしましたね。スシーランスの前田さんを先生としてお呼びして、捌き方とお寿司の握り方を教えてもらいましたが、どうでしたか?
大島健太(以下:大島) _ 僕は今五島列島に住んでるけど、一度も魚をまともに捌いたことがなくて、それがコンプレックスだったんです。だから今回是非やってみたいと思っていたので、めちゃめちゃ楽しかったです。
haru._楽しかったですよね。
大島_楽しかったし、成長した感じがありましたね。
haru._私もお魚を捌くのも初めてだし、そもそも海で泳いでる魚があがった状態で触るみたいなことがなくて、意外と硬いんだなと思いました。
大島_物質感がすごいですよね。ビチビチしてるし、普段見ている捌かれた状態のものとは全然違うっていうのがダイレクトに伝わってきました。

haru._自分が食べているものをちゃんと知るのは大事だということをよく聞くじゃないですか。でも、物質として触ったり、鱗を剥いで内臓を取って、頭を切り落としてみたいな工程に結構緊張しました。高校生のときに生物の授業で豚の解剖をしたことがあるんですけど、そのときのことをめっちゃ思い出しました。
大島_それ日本ですか?
haru._ドイツです。豚の心臓と肺を解剖しました。そのときはしばらく豚肉を食べれなくなってしまったから、今回もそうなったらどうしようと思っていたんですけど、自分で握ったお寿司を見たら、すごく感動しました。自分にこんなことができるんだと。
大島_自分にもできるんだって思いましたよね。だんだん自分が普段見ている食べ物に近づいてくる感じがありましたね。
haru._大島さんは普段から料理をしますよね?
大島_料理はしますけど、やっぱり魚は苦手意識が強くて手を出さずにきてたんです。魚屋さんもあるし、そこは自分でやらずにプロにお任せしようとずっと割り切っていたんですけど、やっぱり五島列島には新鮮な魚も多いので、自分でできた方が安上がりだし、料理のバリエーションも広がるんだろうなと思っていました。
haru._きびなごって五島列島の名物ですよね?確か、鮮度を保つのが難しいから、五島列島の外に出荷できないんでしたっけ?
大島_鮮度がすぐに落ちちゃうんですよね。
haru._五島列島に行くと、必ずきびなごを食べるんです。小さい魚なんですよね。
大島_そうです。「おびく」と言って、みんなきびなごは包丁を使わずに手で捌いていますよ。
haru._知らなかった!でも今日、スシーランスの前田さんが「ほとんどのお魚の捌き方は一緒」と言っていましたね。だから今ではどんな魚でも一応捌けるんだと思うと、3時間前の自分とはもう全然違う人間だなって思います。
大島_その感じはありますよね。

「仕事の気分転換に仕事をする」
大島流のワークライフバランスとは
haru._私が初めて出会ったときは、図書館のオーナーでしたよね。今は予備校の講師と会社員とコーヒー屋さんをやってらっしゃるんですか?
大島_よくわかんないプロフィールですよね(笑)。
haru._すごく気になってしまいます。フリーランスでいろいろと掛け持ちしてるんですか?
大島_そうですね。五島列島に来たのは10年前で、そのときは完全に無職だったんです。1年ぐらいずっと無職だったんですけど、なにかでお金の流れを作らなきゃいけないと思って、コーヒー屋を始めたんです。ただ、コロナ禍になり、外から人が来ることを嫌がる人たちもいて、お店をなかなか開けられなくなってしまって。その頃から、人が外から来れないなら、自分から外に出て行こうと思い、東京やいろんな地域を旅行するようになったんです。そのときに、たまたま表参道のスパイラルビルで、予備校講師時代の知人が展示をしていたんですよ。
haru._五島列島に来る前の最後の仕事は予備校の講師だったんですか?
大島_そうそう。そこで一度辞めて五島列島に来たんです。で、その知人に会ったときに「そういう状況ならまた働いてみない?」と誘われて復職しました。その頃からオンライン授業に変わっていたので、五島列島にいながらでもできるなと思い、もう一度講師になったんです。
haru._今では会社員もされていますよね?
大島_予備校でオンライン授業をやったり、講習会に参加したりと活動していたら、地元の会社の社長に「うちで働いてみない?」と誘ってもらい、最初は非常勤社員みたいな感じで働いていました。昨年から契約の形態を変えて正社員として働きながら、コーヒー屋さんや予備校の講師も続けています。
haru._三業種ってすごくないですか?会社は通っているんですか?
大島_今は週5フルタイムで働いています。
haru._どうしてそんなに働くんですか?
大島_お金が欲しいっていうのが一つ。あとは、五島列島だとできる仕事も限られていて、一つの仕事だけだと僕も飽きちゃうんですよね。それに五島列島の会社で働くのであれば、給与的なことを考えると東京で会社員やった方がいいんだろうなとも思いますし。五島列島にいる意味やバランスを保つためにいくつかの仕事をやっています。
haru._「コーヒーは趣味だから」って前に言ってましたよね。
大島_割と自分にとっては仕事をすることがストレス発散にもなるんです。特に予備校講師とかが顕著で、高校生や若い人たちの話を聞いていると、それだけでこっちが元気になったりすることがあるんです。仕事の気分転換に仕事をしてるっていう感じがあるのかもしれないですね。コーヒーも、一人で篭りながらやってたりするので、三つの仕事を回転させながらやってる感じです。
haru._大島さんってすごく話を聞いてくれるじゃないですか。東京でイベントをやっていても来てくれたり、質問をしてくれたり。その感じがすごく新鮮なんですよね。「若者が何かやってんだろ」みたいな感じじゃなくて、近しい距離感でいてくれる感じが、「大島さんに話したいよね」ってよく仲間と話しています。でもそれはきっと、普段から先生をやっているからなのかな。
大島_それは一つあると思います。若い人たちの方が偉いって考えてるんですよ。新しい時代を作る人たちの考え方が間違っていても正しいと思っていて。もちろん、若い人たちがやっていることに対して、「焼き直しだな」と思うときも当然ありますけどね。
haru._大島さんがSNSに「自分にとって大事な作品やカルチャーは、全部20歳までに出会ってる」みたいなことを書かれていたじゃないですか。そのことを話したいと思ってスクショしました。
大島_2016年以前はずっと予備校で働いていたんですけど、それも美大に行ったからというのがあって。なので、どちらかというとカルチャーみたいなことにあまり興味がなかったんです。だから、haru.さんの昔の作品とかを見てると、当然のように高校生ぐらいからカルチャーみたいなものがあって、その延長線上で活動しているような感じがするんです。 僕の場合は、高校生の頃は服とかは好きでしたけど、カルチャーと結びつくような服ではなくて、服そのものにしか興味がなかったんです。
haru._文脈とかじゃなくってことですよね。でもそれって今っぽいですね。Z世代の人たちはそういう考えの人が多いっていうのを、Podcastで聴きました。
大島_中学生で服が好きな人を二つのタイプに分けるとしたら、一つはカルチャーと合わせた音楽が好きで、その文脈で服が好きなタイプ。もう一つは買い物依存症というか、服を買うことに命をかけるような服オタタイプ。この二つで言ったら僕は完全に服オタタイプなんです。
haru._都築響一*③さんの『着倒れ方丈記 HAPPY VICTIMS』*④っていういろんなブランドの服を買い集めてる人たちの写真集みたいな感じですか?
大島_あそこまではいかないですけど、感じとしては近いかもしれないですね。今だと『STREET』*⑤とか『FRUiTS』*⑥が話題にあがることってあると思うんですけど、自分たちが10代、20代の頃は「ああいうのはちょっと違う文脈だな」って思っていました。僕らはいわゆる当時の裏原宿系みたいな感じだったので、カルチャーっていうものに全然触れてこなかったんです。だから、今のharu.さんの活動とかを見ると、そういうのが全部結びついているので、僕が通ってこなかったものとして興味を持っているんです。
haru._そういう感じだったんですね。「自分たちの話をなんでこんなに聞いてくれるんだろう」とか「なんでいろんな話を自分たちにしてくれるんだろう」っていう謎が今クリアになりました。

大島_それと、僕は美大に通っていたんだけど、欧米のアートに興味を持っていたから、日本の細かいアート活動みたいなものに最初は興味がなかったんですよ。80年代や90年代の経済的にも作品的にもノリに乗ってるときの欧米のアートに魅力を感じていたので、日本のカルチャー的なものとは接続がなかったんです。かつ、周囲も割とアカデミックにやろうとしてる人たちが多かったので、ストリート的な話には大学時代なかなかならなかったんですよね。
当時、自分のいた大学のクラスは「アーティストになってなんぼ」みたいな価値観も結構強かったんですけど、僕はそういうのにもあまりピンと来ていなくて。作品を作ることが自己実現みたいなことになるなら、それを仕事でやればお金ももらえて一石二鳥じゃんって思っていたんです。かつ、当時は予備校講師という職業があまり評判がよくなかったんですよ。美大出て予備校講師をやってる人たちは負け犬みたいな風潮があって。でも、ずっと予備校講師をやってて思いますけど、これはこれでいい仕事なんです。そんな風潮があるなかでも、胸を張って「予備校講師です」って言い切れた方がかっこいいじゃないですか。
haru._めっちゃわかります。美大に入るまではみんなめっちゃ頑張るんですけど、そのあとにどうやって生きていくかみたいなことって話されないじゃないですか。だからみんななんとなくアーティストを目指しているんですけど、みんながみんな卒業したらアーティストとして活躍できるわけでもない。美大に行ったそのあとはどうするのかということも、もっと真剣に先生とかも考えてくれたらいいのにと思ったりします。
大島_だけど、僕自身も美大というところだけで過ごして、卒業してすぐに美術関係の仕事に就いたことに対して少しコンプレックスを持っていたんです。「本当にこのまま、この世界しか知らないままでいいのだろうか」と思って、講師を辞めた部分もあります。

二拠点生活のその先へ
haru._大島さんは肩書きも多いですし、東京と五島列島の二拠点で生活されていますけど、大島さんにとって東京と五島列島の切り分けみたいなものってあるんですか?
大島_気にしないようにしている部分もあるし、気にしてる部分もあるっていう感じですね。例えば、東京は東京で文化的なものがたくさんあるし、新しいものがたくさんある。若い人もたくさんいるので、やっぱり刺激的なところで得るものはたくさんあるなと思います。ただ、若い人たちがたくさんいるなかで、歳を取っていく自分みたいなものを感じるような年齢でもあって。自分の居場所というか、自分はもう中央にいないんだなというのは東京にいても思うんです。
haru._中央にいないってどういう感覚なんですか?
大島_確かにそれはちょっと言い過ぎかもしれないんですけど(笑)。東京でこういうカルチャー的なことをやってる人はみんな知り合い同士だったりするなかで、僕はあまりそういう繋がりがないので、自分はプレイヤーではないなっていうのを感じたりします。なので、東京で刺激を受けつつ五島列島に戻ってそれぞれの土地を客観的に見れたらいいなと思っています。
haru._確かに、そこが自分の居場所だと思っているとあまり客観視できないですよね。やっぱり、若いから活動を見てもらえるみたいなことって絶対にあるじゃないですか。でも、自分たちが歳を重ねていくことで、若い世代にちゃんとバトンを渡すみたいな意識はあった方がいいのかなって思います。
大島_そうですね。しがみつこうとすると醜くなっていくものですからね。どこかでバトンを離すタイミングが来るのかもしれないですね。
haru._そんなことを考えたりします。大島さんってめっちゃ身軽じゃないですか。
大島_身軽なんですかね?
haru._身軽ですよ。だってこのあと、ウィーンに行くんですよね?
大島_はい(笑)。
haru._五島列島と東京を行ったり来たりして、会うたびに「このあとどこどこのご飯を食べに行く」みたいなフットワークの軽さで、すごいなって思うんです。
大島_二拠点っていうのも言葉として結構使い古されてきたので、その次にいきたいなって思ってるんです。五島列島で暮らしていると、何者かになりたい人たちも集まってくるんですよ。「旅する◯◯」みたいなキャラ付けをしてSNSをやることで、何者かになりたいんだろうなって思う年下の世代の人とかもいて。僕から見れば全然若い20代や30代の人が、そういうことで焦っている感じを見ているから、今更そういう人たちに混ざって「二拠点生活」だって言ってるのもな…みたいなことも考えていて。なので最近は、海外も意識してトライアングルを作りたいなと思っています。
haru._2とか3とかでもないんですよねきっと。もっと自由で、ベースを持たないライフスタイルなんですかね?
大島_そうですね。一応五島列島で就職をしたので、身体は五島列島にあることが多いと思うんですけど、アンテナのキャッチの仕方みたいなもので、もう少し海外も視野に入れて情報を咀嚼していきたいなと思っています。東京の文化もいい部分もたくさんあるけど、東京だけで完結しても面白くないとも思っているので、地方と東京と海外をミックスして考えられるようになりたいなと思っています。

割り切らない生き方で人間の本質を見つめる
haru._五島列島に住んでいると、家族という単位を持つ人たちも多いじゃないですか。大島さんのInstagramは活発でおもしろくていつも見ているんですけど、「自分と同世代の人たちはファミリーもいる」ということを意識した発信とかをされていますけど、そこを意識したり、自分のライフスタイルとのギャップみたいなことについて考えることってありますか?
大島_そんなことばかり考えています。Instagramもそんな内容ばかりですしね。みんなが楽しそうなムービーをあげているときに、僕は何かをスクショしてコメントを書くという投稿を繰り広げています。でも、やっぱり「気づいたらこの歳になって一人だな」みたいなことは普通に考えたりします。
haru._今おいくつですか?
大島_今年45歳になるんですけど、同世代とかは家庭を持ったりするなかで、僕は一人でフラフラしてていいのだろうかっていうことはやっぱり考えます。海外に一人でブラブラするたびにその孤独を意識するので、心を苦しめに行ってるような感じもします。
haru._そうなんですね。自ら掴み取った自由みたいに見えるんですけど、結構狭間なんですね。
大島_そうですね。ただ、「自分はこうだ」と割り切っちゃったらあまりおもしろくないかなとも思っているんです。なので、その辺はちょっと自分のなかでも曖昧にしてる気がします。「私はこういうキャラでいきます!」みたいなのをハッキリしすぎちゃうと、それってすごく広告的な人生になっちゃうと思うし、そのわだかまりとか曖昧さを常に自分でも理解できないながらにやってるのが原動力になっているのかもしれませんね。
haru._じゃあ、「パートナーがいたらいいな」って旅先で思ったりもするんですか?
大島_めっちゃ思いますよ!なんでこんなに一人なんだろうとふと思ったりします。
haru._女友達同士ではそういう結婚や出産、人付き合いについて結構話をするんですよ。でも、男同士だとそういう心の内や寂しさを共有したりすることってあまりないって言われるけど、大島さんは自ら、自分がどういうふうに感じているかを発信されているじゃないですか。それがめっちゃ珍しいと思っていて。
大島_男性はやっぱり勝ち負けで考えちゃいますからね。結婚してないとか、恋人がいないとかっていうのはネガティブな話として捉えられることはありますから。
haru._でも大島さんは、そういうことを赤裸々に発信されていますけど、どうしてですか?
大島_さらけ出しているというよりか、そういう部分に人間としての本質があると思っているんです。自分の小さな超個人的なことを突き詰めていくと、結局みんなに伝わる話になると思っていて。そういうことがやりたいのかなと思います。自分から自分の感情や思いをあらわにすることで、「そうだよね」って共感する部分もあると思うんです。
haru._作品もそうですよね。
大島_そうかもしれないですね。
haru._そういうものに惹かれるなって思います。大島さんのそういう発信に対して反応って返ってくるんですか?
大島_どうでしょうね。全然反応がつかないときとかもあります。結構思い切ったこと言ったなと思っても、全然いいねがつかないと、「あれ?キョロキョロ」ってなっちゃいます(笑)。それでもたまにリアクションをくれる人はいるので、そういう人もいるってことは誰かしらには伝わってるんだなって思います。
haru._大島さんも何者かになりたいって思うんですか?
大島_昔から何者かになりたいとは思ってるんじゃないですかね。
haru._そうなんだ。
大島_まあ、こんなことを45歳の男が言うのも恥ずかしいですけどね(笑)。
haru._さっき、何者かになりたい人たちへの思いについて話してくれましたけど、それは…
大島_同族嫌悪(笑)?
haru._(笑)。なんですか?
大島_どうだろう。ああいうやり方でやるのは違うんじゃないかなと思っていて。そこまで無理してキャラ付けをして僕にとっての何者かになるってことはないのかなと思っています。
haru._10代とか20代だと、何者かになりたいって言うことがすごくポジティブな印象を与えるじゃないですか。でも、だんだん歳を重ねていくと、そういうことを言うことって恥ずかしいのかなって思っちゃうんです。
大島_恥ずかしいですよ(笑)。でも、何者かになりたいというより、何かを作りたいっていう気持ちの方が強いのかもしれないです。

haru._何かを残したいってことですか?自分が死んでも残るものみたいな。
大島_死んで残したいとは思わないけど、自分のなかにある何かをアウトプットして死にたいみたいなところもあるのかもしれないですね。それが人によってはアート作品に限らず、家族とか子どもっていうことになるのかもしれない。自分の場合はそれがなんなんだろうって思ったりします。昔の人ならもう死んでる年齢なので、今更この問いを持つことに対して、自分でも遅いよと思うんですけどね。
haru._その問いを持って生き続けていいんだって思いました。
大島_そうですね。変に隠すよりかはいいかなって。
haru._自分がやっていることも、残っていくものではないのかなって思うんですよ。それこそマガジンを作り続けていけば、読者の人がいるけど、「自分はこれを残したんだ」みたいな感覚になることって一生ないんじゃないかなって思います。
大島_残す残さないは不可抗力というか、周りの人が決める部分もありますからね。
haru._そうですね。保存されるものは図書館とかに保存されるけど、自分が作っているものってそういうものでもない。自分が作ってるものを考えると、急に自分の存在が宇宙的に感じるんですよ。
大島_いや、ちょっとわからないかもしれないです(笑)。
haru._本当に広い宇宙が広がって、そのなかの一瞬の塵みたいな気持ちになるんです。だから、何かを残すことはできないって思ってるんですよね。それが悲しくもないっていう感覚になるんですけど、それだと日々を生き抜けないと思っていて。自分が塵だと思いながら一生懸命仕事をするのはきついんです。
大島_それはやっぱり本気でものを作って仕事をしているからそう感じるんでしょうね。
haru._そうなんですかね。
大島_適当にやってたら、そこまで考えないはずだし。だからすごいなと思いながら聞いちゃいます。
haru._私は、大島さんみたいに40歳になっても「何か残せるだろうか」って思いながら過ごせるのもいいなって思いました。
大島_割り切って生きた方が人生はうまくいくんでしょうけどね。だからその辺は難しいところはあるなと思うんですけど、こういう人もいるよぐらいで聞いておいてくれればいいなと。
haru._私はこの番組の意義は結構それだと思うんです。いろんな人との対話を通して私もいろんなことを発見しているんです。前回のゲストは中村暁野さんという、家族をテーマに執筆をされている方だったんですけど、フォーカスしているものが大島さんとは全然違うじゃないですか。それがおもしろいなって思っています。
対談は後編に続きます。後編では、二人が出会った感動や衝撃の原体験、学生と関わる難しさ、三足のわらじで働く大島さんの休息、自分にとっての心地良さを見つけるための美容についてなど、たくさんお話しいただきました。
そちらも是非楽しみにしていてくださいね!
それでは今週も、いってらっしゃい。
ゲストの大島さんが主宰のコーヒーショップ。現在は店舗はなく、五島列島内のホテルや古本屋などで取り扱われている。
*②スシーランス・前田直也
本職の傍ら、フリーランスで出張寿司と握り体験を提供する寿司職人。
*③都築響一
編集者・写真家・ジャーナリスト。雑誌編集を経て独立し、ストリート文化やサブカルチャー、無名の個人の暮らしに光を当てる取材で知られる。代表作に『TOKYO STYLE』などがある
*④『着倒れ方丈記 HAPPY VICTIMS』
都築響一が多様なファッション愛好家たちの暮らしと価値観を取材した作品集(青幻舎)
*⑤『STREET』
1985年にフォトグラファー・編集者の青木正一によって創刊された、パリやロンドンなどの海外のストリートファッションを日本の読者に紹介することを目的とした世界初のストリートスナップ雑誌
*⑥『FRUiTS』
1997年に『STREET』同様に青木正一によって創刊された伝説的なストリートスナップ雑誌。原宿の路上で独自のファッションセンスを持つ若者をハントし、その個性的なスタイルを発信し続けた。2017年に休刊したが、Instagramを通じてブランドは存続している
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Profile
大島健太
1981年神奈川県生まれ。多摩美術大学大学院修了後、美大受験予備校の講師を経て、2016年より長崎県・五島列島の福江島に移住。 私設図書館の館長、自営業、2拠点生活のフリーランスなど多様な働き方を経て、現在は会社員として勤務する傍ら、五島で立ち上げた「CORAL COFFEE」代表としてコーヒー豆の焙煎・販売を行う。また、オンラインで美大受験の指導も続けている。